定期試験対策は指導のはじまり

定期試験対策は始まりである。

この期間に子供たちのギアは大きく変わる。
平時は聞き逃す話も、戦時は自分事として受け止めるようになる。

よほど意識が高い子でない限り、自分の勉強とは真剣に向き合わない。
強制的に塾に詰めて勉強する様子は、まるで寺で修行をする小坊主のようである。
しかし、悟りへの道はまだまだ遠い。

この間、和尚は添削指導攻撃をかける。
中2の英語教科書NewCrownでは「A pot of poison」という章がある。

そこでは典型的な小坊主3人が出てくる。
小坊主たちはあの手、この手でトンチを聞かせて、自らの急場を凌ごうとする。

実際の生徒も似たようなものである。
ワークの不明部分に赤で答えを書いて「やりました」と言い。
残って最後までやって帰ることを指示すれば、「お腹が空いて、力が出ません。」という。
「お前は、アンパンマンか!」と突っ込みたくなる。

勉強が得意な2割を除けば、残り8割にとって、この話は特別なことではない。
家庭でのやり取りを想像すれば、塾での様子も想像に難くない。

さて、このような状況なので、対策期間中の採点は教師採点に限る。
適当な言い逃れをしても、やはりテストとなるとボロが出る。
答え写しのちょろまかし坊主は「世界の終わりを悟る」。

確認テストの点数を聞いて終わりという指導では伸びない。
いや、正確に言えばそれが出来るのはほんの一部であり。
出来る子と出来ない子の差は広がる一方である。

また、子供の課題が見つかると、出来るようになるまで徹底的に波状攻撃をかけるのは先生という職業の性である。

意外にも、添削波状攻撃を受けて立つ子供は目をキラキラさせている。サボれない緊張感の一方で、添削攻撃を通して鍛えられ、理解が増していく手応えを感じているからだろう。
カンヅメ期間の修行を通し、すこしずつ悟っていくのである。すこしずつである。

試験対策は指導の起点である。