文章読解のウソ、ホント。

よく、国語の文章読解で「答えは必ず本文中にあるので隅々まで探しなさい」ということが偉wれますね。

私の意見では、あれは「ある意味正しく、ある意味ウソ」です。

特に低学年の生徒の指導で文章を飛ばして読んだり、不注意な読み方をする子を制するために行われるその指導では正解ですね。まず、とっかかりとしてそこの力を育てたい場合に使われる文言として適切です。

しかし、学年が上がりレベルが上がり始めるとこの指導は通用しなくなります。

例えば、算数で考えてみましょう。

4つの団子が2つの皿にのっています。全部でいくつですか?

答えは当然8個です。

この8という数字、答えは文章中どこを探しても見当たりません。

実は、論理で考えると答えに辿りつくという点は国語も同じです。

直接の記載がなくても論理的に考えると、筆者の主張は「こうだ」というのが見えてきます。

見えてくるとは書きましたが、それが本文中に記載されているとは言っていません。

ここがポイント。

「みえてないところ」を見るのが「論理」です。

国語はここが分かってくると一気に面白くなります。

宝探しのように筆者の主張を追いかけ、文章の展開の先をサーチライトで照らすようなワクワク感がそこにはあります。

国語の読解はこんなにも面白いんだということを授業では伝えています。