貧しさからの脱出。勉強して損をしたことは一度もなかった。その6。

俺の場合は学生アルバイトから塾の専任講師になったが、やはり相当配慮してもらったと思っている。学生の頃から塾の基幹テキストの開発に携わらせてもらったし、入社の際にも教科主任という立場で迎えてもらった。何も仕事ができず周囲の先生の足を引っ張るだけだったが、これだけでも若造のくせに相当チヤホヤしてもらったのが分かる。

その後も自分の実力以上の仕事を任せてもらった。2年目からは東大寺クラスの理科担当になった。しかし、当時は完全な役不足だった。生徒を送り出す最後の日に俺から出た言葉は「申し訳なかった」だった。悔し涙を添えて。フランス料理みたい。

生徒の期待に何一つ応えられなかったことで、生徒の人生を無駄にしてしまったように思えてならなかった。力不足で足を引っ張ったように思えてならなかった。彼らが合格したのは自分以外の4教科の先生と生徒本人の努力の結果であり、自分の影響度は控えめに言ってもゼロだった。

教科の解説をするのが精一杯で、躓きやすいところに配慮したり、教科の魅力を存分に語り、合格するための気の利いたアドバイスや戦略なんて一つも伝えらなかった。未熟だった。

しかし、こういった大舞台に早くから抜擢してもらえたのも、過去の御光のおかげだと思う。

実力不足で迷惑もかけたし、たくさん失敗もしたし、たくさん叱られた。その一方で、早いうちから活躍の場が与えられたことは本当に幸せだった。声がかかり、それに乗るのも反るのも自分次第。しかし、それが「選択」できるということが幸せだ。

さて、この話の書き初めに戻そう。勉強を頑張ってきて損をしたことは一度も感じたことがないということを伝えたかった。

ましてや、自分の境遇を鉛筆一本で変えられる意味は本当に大きい。

もし今、自分の境遇に不満があり、その状況から抜け出したいと切に願う生徒がいたら、一つこの話を参考にしてもらいたい。

今になって思うのは、2つだ。

1つ目は、努力で道を切り拓け。

2つ目は、どこの大学に入ったということ以上に、そこまでの過程で得られるものは意外と多い。1つ目を追いかけている間に、たなぼた的に、2つ目が手に入る。努力を重ね、熱中し、熱狂できるものと出会い、自分の弱っちさを知れたことは大きな財産になる。

自分の場合は、受験を通して、いかに自分が非力で、精神的に弱い存在であるかを痛感させられた。だからこそ、こんな自分が這い上がっていくには努力しかないと心底思えるようになった。

こんな自分だったからこそ、今目の前にいる生徒たちに伝えたいことがある。

出来なかった人間でも、本気になって努力を重ね、真正面からぶつかることで、その能力は磨かれていく。望まない結果になるかもしれないが、努力の跡が心から消えることはない。やり切ったと胸を張れる受験にして欲しい。時代が変わっても、努力することの価値は決して変わらない。やるなら今だ。6年間は意外と短いぞ。

自分の受験体験記と社会人初期を振り返ったn=1の話で恐縮だが、どこかの部分だでけでも参考になったなら嬉しいと思う。

(終わり)