読書感想文 | 生成AIで世界はこう変わる | K・Sくん

私たちが普段何気なく日常的に使っている生成AI。「生成AI」と聞いて最初に思い浮かぶのは何だろうか。おそらく多くの人が、ChatGPTやGeminiなど誰でも知っているようなツールを思い浮かべるだろう。

しかし実は、それらでさえすでに「一世代前」の話になりつつある。挑発的な書き出しになってしまい大変恐縮の至りだが、生成AIというジャンルは、この読書感想文を書いている今この瞬間にも猛烈なスピードで進化し続けている。どれほど早いかといえば、2〜3日で研究者の間の常識が覆ってしまうほどだ。

この本は、そんな生成AIがどれだけ進化しても変わることのないであろう「本質」「定義」、いわば核の部分について徹底的に書かれたものだと理解してほしい。

率直な感想を一言で言えば、この本は「未来の教科書」だ。

AIとともに未来へと進んでいく私たちにとって極めて重要な情報が非常に多く散りばめられており、個人的には今を生きる人類全員に読んでほしいとさえ思う。

では、その中でも特に自分が興味を持った部分を紹介しよう。それは「AIによって消える仕事・残る仕事」についてだ。

「AIの発展で消えそうな仕事は?」と聞かれたら、多くの人は「賃金の低い仕事から消えていく」と答えるだろう。しかし実際はその逆だ。

分かりやすく整理してみよう。ここでは仮に「頭をよく使う仕事=賃金が高い仕事」「頭をあまり使わない仕事(皿洗いなど)=賃金が低い仕事」と定義しておく。

補足・論拠 ここで、近年よく耳にするニュースを思い出してほしい。「AIが将棋のプロに勝利した」「アルバニアでAI政治家が採用された」といった話題だ。将棋はいかに合理的な手を打つかを瞬時に判断する高度な知的スポーツだし、政治家は市民の支持を集めつつ予算の範囲内で合理的な政策を立案する、まさに頭をフル回転させる仕事だ。

つまり、高度な知的判断や合理的な意思決定。これまで「頭を使う仕事」の象徴とされてきたものこそが、AIにとって最も得意な領域なのだ。

人間が何時間もかけて考える複雑な問題を、AIは膨大なデータをもとにほぼ瞬時に処理できる。反対に、皿洗いや大工仕事のような身体的・物理的な作業は、AIがどれだけ賢くなっても簡単には代替できない。だからこそ「賃金が高い=頭を使う仕事」ほど先に淘汰されやすいという逆転現象が起きているのだ。

ただし、これはあくまで研究・実験の場で大まかに示された傾向であって、一概にそうとは言い切れない。小学校の教員のように、知識の伝達だけでなく子どもの人格形成や情緒的なサポートが中心となる仕事は、AIには代替しにくい例外として残り続けるだろう。

そしてもうひとつ、筆者が語る「これからのAIと人間の共存のかたち」が非常に興味深かった。キーワードは「人間の知能の相対化」だ。

AIの技術が進化することで、「人間の知能とは何か」「人間とはどういう存在か」ということが、比較対象を通じて客観的に理解されるようになるという意味だ。

確かに、AIという鏡があることで、人間特有の感情・創造性・不合理さが逆に浮き彫りになる。そのプロセスを経て、「人間は何を望むべきなのか」「人間にしかできないことは何か」という哲学的な問いに答えが見えてくる時代が来るかもしれない。

ただし、ここで重要な注意点がある。

生成AIの出力を「すべて正しい」と鵜呑みにしてはならないということだ。現在すでに社会問題になっているAIによるフェイク動画や誤情報がその典型例で、生成AIに関する課題はまだ山積みのままだ。さらに将来、AIがあまりに高度になりすぎて、今の人類では想像すらできないような判断や行動をとる時代が来るかもしれない。

だからこそ本書は「この問題を国や政府に任せきりにしてはダメだ。未来の舵は自分で握れ」と呼びかけている。

生成AIは、人類が急速に発展し豊かな時代を築くきっかけになるかもしれないし、逆に大規模な対立やディストピア的な未来を引き起こす引き金にもなりうる。どちらへ転ぶかを決めるのは、AIではなく私たち一人ひとりの選択と行動なのだ。そう強く感じさせてくれる一冊だった。