受験体験記・2026・畝傍高校進学

お母様より

お世話になっております。本人は無事合格して喜ぶのと同時に、早くもGoda塾のない毎日に不安を覚えているようです 笑
明日からも日々トレがあって塾へ行けたらいいのにと嘆いていました。
性格柄3年間、フルマラソンするような受験でしたが良く止まらず走り切ってくれてくれたと思います。
娘にとって先生はゴールテープであり、給水所であり、声援であり、コーチや、あそこの電柱まで走ろうの電柱だったのだと思います。私達家族でよく言うことなのですが「Goda塾に足向けて寝られない」ぐらい感謝の気持ちでいっぱいです。
娘から「受験体験記ちゃんと書いてよ」と怒られましたので、頑張って書きました。
あまり趣旨には合っていないかもしれませんがよろしくお願いします。ありがとうございました。

娘は、中学に入るまではどちらかというと成績も良く、課題提出でも賞をとったりとなんとなく上手く過ごしてきました。
中学に入ってどうなるかなと思っていたところ、机に座って長時間勉強しているのにも関わらず1学期の中間はひどい結果で帰ってきました。

本人もびっくりして期末では頑張ったようですが、更に悪い結果を出してきました。解答用紙をみると半分が白紙、それだけではなく学校の提出物のワークも白紙のページだらけでした。

そこでもうこれはあかんなと思い「塾行こう」となりました。Goda塾一択で私がすすめました。

家から近く、すぐに自分で行ける点
大きすぎない規模であり、個人塾で先生と距離が近い方が性格にあっている点

この2点が決めた理由です。私が決めて押し切った形でしたが結果、娘からもずっと「あの時、あのタイミングでGoda塾に行かせてくれてなかったら終わってた。」と決断を誉められています。

Goda塾では勉強だけでなく、勉強に取り組む姿勢、続けることの大切さ、やり切ることの素晴らしさ、達成し積み上げていく事の面白さを先生から教えていただきました。

何より人と付き合っていくのが上手くない朋花が、先生のことを本当に信頼しています。怒られたと涙して帰ってきたこともあります。でも先生の向き合ってくださる姿に「私の事を本当に思ってくれている」と感じていたようです。

最後に合格祈願の鉛筆をもらって帰ってきた時は「先生がっ」と嬉しそうに大事に鞄に入れていました。

「この子にはこの子のやり方、考え方がある」といつも思って接しているのですが、言わなくてはならない事は多く、それが上手く届かないことも多々あります。

そんな私達、親にとっても親以外に子どもを叱ってくださる先生の存在が心強かったです。

高校受験に向かう時、ただ勉強するだけではなく、今までより一段勉強のレベルや質を上げなくてはならないと感じます。親も受験を一歩下がったところから伴走するつもりで、寄り添えたら良い受験になるのかなと思いました。

ご本人より

私の勉強の仕方が変わってきたのは、三年生の夏期講習期間だったと思う。

数学の過去問を予習してはテストを行い、合格点を超えなければ次の日に来て再テスト。それでも合格できなければさらに再テスト。

終わればすぐに次の予習。夏はその繰り返しだった。

私は出題される問題も答えもあらかじめわかっているはずのテストでなかなか合格点が取れず、何度も再テストになった。

しかし、その間に勉強の仕方が変わってきた。

それまでは解説を読み、間違えた問題を自分で解いてみるだけで終えていた。

しかし、まず解説を読んで解いた後、自分だけで解いてみるようにした。

さらにもう一度時間を計りながら全体を解き、その上でテストの前にももう一度解いてから挑むようになった。

合わせると、テストの前に同じ過去問を3周する。それでやっと、合格点近くの点数を取れるようになってきた。

これは授業で先生も言っていた方法で、実際に解いてみると全然解けないということも多く、実践してみることの意味を実感した。

また、解説を読みながら解き直し・まとめを作るときには要点(使われている定理や計算のコツなど)がわかるように書いておくことも意識した。

これも先生が言っていたことだ。

これを繰り返すと、新しい問題でも自分で解ける部分が増えてきた。

それまでその問題が解けるようになれば良いという勉強の仕方だったのが、次に似た問題が出たときにどのように解けば良いのか想定しながら勉強するようになった。

消費型ではない、蓄積型の勉強を意識するようになったと思う。


二学期末テストのテスト期間に入る少し前に赤本を解き始めた。

夏休みも勉強して、私立の過去問も解いていたから、ある程度は解けるだろうと思っていたが、甘かった。

点数をつけてみるとどれも六十点くらいしか取れていなかった。

先生はこのくらいで大丈夫と言ってくださったけど、みんなはどれくらい解けてるのか。また、どのくらいのペースで日々赤本を進めているのか。本当に大丈夫と言っていていい点数なのか、分からずにとても不安だった。

最初の公立判定試験でも目標の点数には10点ほど届かず、焦りは募った。

その頃から、もう一段勉強に対する姿勢が変わったと思う。

例えば社会では、先生の授業資料の真似して、私立の赤本のコピーを取り、間違ったところを転記。そしてそこに自分の言葉で解説を書き込んだ。

書き込むときは答えだけでなく、それぞれの出来事の前後関係、他の情報とのつながりなど、できるだけ広い範囲で説明できるようにする。

解説を読んで分からない、または理解が曖昧なところ、出来事の因果関係が自分で説明できないところがあればさらに教科書やノート、インターネットで調べて理解するようにした。

特に重要なところは年表や一問一答形式にまとめて繰り返し解き、頭に叩き込む。

理科など他の教科でも一つの問題から関連知識を辿りながら広い範囲を復習することを心がけるようになった。

先生の言葉に言い換えれば、水が漏れている袋の穴を、一つずつ塞ぐのではなく袋を重ねて丈夫にしていくというイメージだ。それを繰り返すうちに、公判の点数が上がってきた。
 

私が受験勉強を通して変わったと感じたのは、知識の量というより、勉強の仕方だ。

先生は授業中、勉強の仕方についてもよく指導されていた。

できるだけ素直にそれを取り入れることを意識すると、短い間であっても勉強の仕方や勉強に対する姿勢は大きく変化したと感じる。

そしてそれと呼応するように、それまで追い込まれるようにしていた勉強を面白いと感じることが増えてきた。

これも、Goda塾で勉強していく中で経験したことの一つだ。

高校入試が勉強のゴールではない、ということは先生もよく言っていた。

これからもこの三年間で学んだことを活かして、高校生活でも頑張っていきたい。