一人で頑張ると心に誓った日。

先生は、高校2年生の時に数学の塾に2日だけ通ったことがあった。



なんで2日なのか、話してみたいと思う。




家にチラシが入っていた。




それは「予備校で教えている先生が開く個人塾だった」




その当時、学校の先生の授業しか知らなかった俺は




どんなにすごい授業が待っているんだろうかと期待していた。




チラシが入る前までは塾には行かないと決めていた。



私立に通わせてもらっていたが決して裕福な家では無かった。


母のパート代は俺の学費に消えていった。


両親はしょっちゅう金の話で揉めていた。





母親は何度も家を飛び出し、妹と二人で泣きながら母親を探しに行ったこともあった。



当時大阪に住んでいたのに、鹿児島の実家にまで母親が帰ったことを知った時には




もう二度と会えないんじゃないかと頭を掠めた。




リビングで毎晩揉める声を聞くたびに、俺の心は痛んだ。





しかし、その時は何故か母親の「一度体験に行ってみたら?」




の誘いに乗ってしまった。




そこは数学専門塾だった。




俺自身数学が好きだったので、楽しみにしていた。




教室に入ると1人の女の子と1人の男の子が談笑していた。



そこに先生が入ってきて、授業が始まった。




きっと、新入りの俺がいるので、




先生もできるだけ楽しい雰囲気を作ろうとしてくれていたのだと思う。




楽しい会話は30分も40分も続いた。





先生と生徒による談笑大会だ。




翌日も授業だった。




この日も同じ状況が続いた。





授業の途中でだんだん腹が立ってきた。





談笑を聞くために、俺はここに座っているんじゃない。




金を工面しながら塾に通わせようとする母親の姿を想像すると





視界が涙で滲んだ。




「入塾しません」と伝えて帰った。




「何アイツ、変なやつ」きっとそう思われたに違いない。




先生を驚かせただろう。




今だから分かるが、




泣いている生徒や顔を上げない生徒が教室にいれば、




それは教壇からははっきりと分かる。




きっと俺の様子が変だったことくらい気づいていただろう。




先生には、本当に申し訳なかったと思う。




だけど、これで覚悟が決まった。




人に頼らず一人で勉強してやる。








今教えている子のお家がどんな家庭環境か詳しくは分からない。





だけど、こんな気持ちで来ている子がいるかもしれないと想像すると




指導に手が抜けない。





どんな想いで俺に預けてくれようとしているのかを想像すると




少しでも期待に応えたい。裏切れない。




そんな気持ちになる。




来てくれたからには何か為になったと思えることを1つでも授けて帰宅させたい。




だから、アルバイトの先生が自学に入る際は「しっかり手元を見て」と指導する。




価値がないと判断されれば、それで終了。




どんなに強い想いを持っていても届かない。





今日で指導が最後になるかもしれない。




常に緊張感と隣り合わせだ。