マンスリーテストでは、テストの点数だけで評価することはしていません。
もちろん結果は大切ですが、それ以上に「そこに向けてどれだけ準備をしてきたか」
も同じくらい重要だと考えているからです。そのため、テスト後には必ず、試験に向けて使ったノートや提出物を確認しています。
今回も、全体成績が常に上位にいる子がいます。漢字テストは今回も満点でした。漢字テストは、1章につき30問。今回は5章分なので、合計150語が試験範囲になります。
提出されたノートを見ると、試験範囲をコピーしたプリントが15枚挟まっていました。5章分を3回転。つまり、漢字テストだけでも最低3周はやり切っているということです。

さらに英単語。毎回90語ずつ新出するのですが、今回は単語だけで14ページ分の学習量がありました。1ページにつき1回転できるよう丁寧に書かれているので、単純計算で14回転。

これを「才能」と一言で片づけてしまっていいのでしょうか。
もし、この子のこうした努力を知らずに、中学校に入って「お前、勉強できていいよな。お前の頭欲しいわ。」なんて言われたとしたら、どんな気持ちになるのだろうか、と考えてしまいます。
試験前、私がタイマーを押そうとすると、「まって、まって。あー、緊張するー」と口にしていました。これだけの量をこなしているからといって、「もう大丈夫」「余裕でいける」という感覚ではないのだと思います。
本人の中では、たくさんやったから安心、ではなく、できるようになるまで必死にやっていたら、気がつけば試験日が来てしまった。そんな感覚に近いのではないでしょうか。
入試も同じです。周囲や先生から「絶対大丈夫。これだけやってきたんだから」と声をかけられることはよくありますし、私自身もそんな声掛けをします。実際本番でも合格ラインを大きく超えてくるでしょう。
しかし、本人の中では「これだけのことをやってきた」という言葉の裏側に、何度も何度も自分の弱点と向き合い、向き合えば向き合うほど新たな課題が見つかる、その繰り返しがあったはずです。お玉で海水をすくい続けるように、本当の完成には完成がないのです。
どこまでいっても不安が消えることはない。だからこそ、緊張もするのだと思います。
この姿を見ていて、あらためて思うのは、大事なのは「3回転」や「14回転」という数字そのものではない、ということです。隅々まで覚え切った結果、3回転だった。徹底的に覚えようとしたら、結果的に14回転になっていた。
つまり、「覚えるまでやった」ということこそが伝えたいことの本質です。
回数に驚嘆しているのではなく、その「精神」に感服したのです。
そして、14回転という量は、思い立ったその日だけでできるものではありません。数日前、あるいは1週間、2週間前から、試験日から逆算し、少しずつ積み上げてきた。その姿が、小学6年生のこの時点で、はっきりと見えてきます。
一見すると、「賢い子」「頭のいい子」という言葉でまとめられがちですが、点数の裏側には、
計画性、逆算思考、継続力といった「精神」の部分が下支えしているものです。
賢さは生まれ持ったものだけで決まるのではなく、こうした思考や行動の積み重ねによって
「作られていくもの」だと考えています。ちょうど、スキー板のように二本が揃ってはじめて不安定な場所に安定が生まれるのと似ています。
だからこそ、全てが有機的につながり、自分で考え、動けるようになるための「賢くなるための習慣」。これを育てていくことこそが、本当に自立した子に育てるのに必要なのではないでしょうか。そして同時に、「精神」への指導が重視されるのだと思います。




